1992年、イタリアのシチリア島・エリスで、
「分子および物理ガストロノミーに関する国際ワークショップ」が開催されました。
主催者は、フランス国立農業研究所のエルヴェ・ティス氏と物理学者のニコラス・クルティエ氏。
ティス氏は当時から「分子ガストロノミー」という名前を提唱していました。
さて、この「分子ガストロノミー」とは一体どういうものでしょう?
ティス氏は、「調理プロセスの中に見出される現象のメカニズムを解き明かすこと」と語っていますが、
それまでの食品科学の世界は、食品成分の化学や食品開発技術が重視されていました。
ティス氏は、分子ガストロノミーを既存の食品科学と一線を画するものではなく、
食品化学の一分野と位置付け、つまり、食べ物を研究する学問の中で、調理する過程の研究に特化したものと言っています。
さて、この分子ガストロノミーですが20年の時を経て
「京料理の挑戦・農芸化学とガストロノミーの融合」としてサイエンスカフェ・シンポジウムが京都で開催されました。
シンポジウムの内容は、京都の名だたる料理人達が設立した「日本料理アカデミー」と
京都大学の研究者チームが、革新的な日本料理の発展を目指して設立した『日本料理ラボラトリー』の
共同研究成果を発表する、といったものでした。
・修伯 吉田修久氏 昆布と野菜汁の組み合わせで動物性のだしを「澄ませる」
・菊乃井 村田吉弘氏 タラの白子と投入をニガリと加熱で「固める」
・瓢亭 高橋義弘氏 マス、菜の花を寒天で固め、番茶と唐辛子油をかけ、柚子味噌と合わせる「時間差」
・竹林 下口英樹氏 「液体窒素」を用いて鮎の塩焼きを川に戻す
・たん熊 栗栖正博氏 口の中で「風味の時間差」を持たせた三層茶碗蒸し
・木乃婦 高橋拓児氏 蕪と金時人参から甘味を「分割する」
・一子相伝 中村元計氏 酢味噌あえ(てっぱえ)の風味に時間差をつける「多次元の味わい」
これらがどういったものかと言うと、
一子相伝の中村氏は、酢味噌和えの和え衣や素材の風味の継続時間を測定したところ、
口に入れて3秒ほどで白味噌の風味がし、次に酸味、そして辛味を感じ、弱い酸味が後をひくと分析しました。
これを踏まえて、白味噌は泡状にして早く感知できるようにし、
酢はゼラチンで固めることで、酸味の感知時間を短くし、芥子は長く感知できるように寒天で固める・・・
といった和え衣の風味を、加工を加えることでより立体的な味わいを創出を可能にしました。
また菊乃井の村田氏は、京都大学との実験をへて
『昆布のグルタミン酸を抽出するには60℃の温度で1時間加熱するのが良い」という結果を発表しました。
それまでの伝統的な日本料理の世界では、「だし」を取る際、
火にかける温度は水から徐々に温度を上げて、沸騰する直前に昆布を取り出し、
カツオ節を加えて、沸騰したところで火を消す!という方法が当たり前のものとして受け継がれてきました。
しかし、村田氏が発表したものは
『昆布は60℃で一時間加熱し取り出し、85℃まで温度を上げたら火を消してカツオ節をいれ、
カツオ節が沈んだらすぐに漉す」
といったもので、実際、だしの『旨味』は圧倒的にこちらの方がまさっていたのです。
伝統は大切ですが、新たな発見によって物事は進化してきました。
それは料理の世界でも同じです。
料理人が分子ガストロノミーにおける、科学という新たな出会いを持つことで、
料理はさらに進化し、より美味しい料理へと発展していくのです。
温故知新を科学の目で調べることは、
伝統の継承と共有をより広げることにもつながっていくということでしょう。
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